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東腎協第27回総会記念講演

透析合併症のメカニズムと新しい治療法への展望

講師:東海大学医学部内科・総合医学研究所  宮田敏男助教授

宮田敏男助教授の写真

はじめに

 現在我が国には約17万人の透析患者さん がいます。毎年約28000人の患者さんが 新たに導入されますが1方では約16000 人の患者さんがお亡くなりになりますので、 実質的には約12000人の患者さんが増加 します。さらに、1997年現在の透析医療 に掛かった費用は、年間1兆円とも言われ、 毎年増加傾向にあると言われています。

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糖尿病性腎症がますます増加

 腎不全による透析導入の原因としては、慢 性糸球体腎炎が36.6%、糖尿病性腎症が 33.9%、その他が29.5%という具合 に分けられます。特に疾病構造の変化に伴い 糖尿病性腎症が増加し透析導入になる患者さ んがますます増加しています。日本移植学会 による1998年度報告によれば、我が国に おける腎臓移植の実施例は、生体・死体腎移 植を両方合わせても年間658例程しかあり ません。これ以上の大幅な移植の増加は社会 的にも期待できない事を考えると、透析患者 さんの数は今後も増加し続けるものと予測さ れます。

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高齢化に伴い合併症も

 我が国では現在透析導入から30年以上を 経過する患者さんも多くいらっしゃるように、 世界でも極めて透析技術が進んで延命率も高 いレベルにあります。そして、患者さんの長 期透析歴や社会的な高齢化に伴い平均年齢が 上昇し、また新規導入患者さんの四0%以上 が65歳以上だという事実などから、血管疾 患・透析アミロイドーシスなどの合併症の増 加など新たな問題も出現しています。
 また、腹膜透析は、在宅透析が可能で、若 い患者さんの社会復帰に貢献しますが、腹膜 機能低下により5年以内に50%の患者さん が血液透析への移行を余儀なくされている状 況です。さらに、致死的な合併症である硬化 性皮嚢性腹膜炎が認められ、腹膜透析の普及 を妨げています。以上のような状況の中、患 者さんのQOL(生活の質)の低下を防ぐ為 に我々は腎不全から透析導入へ移ることを防 ぐための研究や長期透析に伴う合併症の軽減 又は進展を阻止するための研究を行っており ます。
 本稿では現在我々が行っている研究の概要 につき述べさせて頂きます。多少専門的な言 葉や表現が出てまいりますが、できるだけ理 解してもらえるように説明して行きたいと思 います。また、研究の性質上簡単に説明しき れない箇所が出てくるかと思いますが、その 場合流れだけを知ってもらえれば十分だと思 います。

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研究の内容は

 我々は日本学術振興会・未来開拓学術推進 事業の1環として、糖尿病性腎症プロジェク トやメサンギウムゲノムプロジェクトなどを 手がけています。

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糖尿病性腎症プロジェクトとは

 糖尿病性腎症プロジェクトとは「糖尿病性 腎症における組織蛋白の異常修飾を明らかに し、それを防ぐための薬剤を開発する」とい う目的のために進められています。これは、 近年、糖尿病合併症、動脈硬化、腎不全合併 症、さらには老化などの社会的にも重要な疾 患の病変部にAGEsやALEs(後述)と 呼ばれる蛋白修飾した生成物が存在する事が 証明され、さらに病変局部における組織傷害 をもたらすということが推測されています。 これをもとにしてこれらの発生進展における 病態生埋学的意義につき、細胞レベルさらに は分子レベルでその仕組みを明らかにする事 と、組織に有害な糖・脂質からなるカルボニ ル化合物を抑制する、或いはこれを除去する 薬剤を開発し糖尿病や他の疾病から透析への 移行を滅らすのがこのプロジェクトの目的な のです。

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メサンギウムゲノムプロジェクトとは

 メサンギウムゲノムプロジェクトとは「ヒ トメサンギウム細胞に発現している特異的遣 伝子を分子生物学的に定量して、糸球体細胞 障害の分子機構を明らかにする」という目的 のために進められています。現在行われてい る腎生検のような大掛かりな検査をせずに、 尿中や採血などに含まれる蛋白などを1つの 指標として、未然に腎不全の予備群を発見し 早期治療の手がかりとします。さらにこれら 特異遺伝子を研究する事によって、遺伝子レ ベルでの腎不全疾患治療の可能性を探るのが このプロジェクトの目的なのです。
 以上のように、腎不全になる患者さんの数 を滅らすため、新たな診断、薬剤開発、血糖 コントロール、さらには遺伝子治療などの新 しい手段を確立して新規透析導入患者さんを 滅らしていく事が非常に重要だと考えます。

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透析合併症の病態解明を目指して

 次に本発表の中心的テーマであります透析 患者さんの合併症に対する研究についてお話 を進めたいと思います。我々は、厚生省の健 康科学総合研究事業のもとに「透析合併症の 病態解明及びそれに基づく治療法の確立」の 研究を行っています。これは長期透析合併症 を研究のテーマとし、透析アミロイドーシス、 動脈硬化、腹膜透析における腹膜機能低下症 及び腹膜硬化症などの透折合併症に対する有 効な薬剤の開発や治療法の確立を目指してい ます。中でも透析アミロイドーシスは10年 〜15年以上を経過した長期透析患者さんに 高率に発症し苦痛を伴い患者さんのQOLを 著しく損なう事でもよく知られています。 我々はその透析アミロイドーシスの病態生理 学的特徴に注目し、それを軽減又は除去する 薬剤、或いは治療法の研究を行っています。

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透析アミロイドーシスとβ2―M

写真1
写真1
 透析アミロイドーシスとはアミロイド線維 が全身の骨・関節などの滑膜組織(関節を包 んでいる膜の内側にある細胞)や腱・腱鞭部 に沈着し骨吸収や関節破壊をきたす疾患であ り、先に述べたように長期透析患者さん(1 0年〜15年以上)に高率に発症する疾患で す。この透析アミロイドーシスの臨床的な特 徴は、手根管症候群・破壊性脊椎関節症・骨 嚢胞などの骨・関節症や心不全・消化管出血 と梗塞・巨舌症・舌結節などその他の疾患が あります。
 現在行われているこれらの疾患の診断方法 は、病理学的検査、レントゲン検査、超音波 検査、シンチグラフィーなどがあり、透析ア ミロイドーシスに関与する因子としては、透 析歴、透析開始年齢、透析膜の種類などがあ げられます。では、透析アミロイドーシスの 原因と考えられる全身の骨・関節に沈着した アミロイド線維は何で構成されているのかと いいますとアミロイド線維の主要構成蛋白は β2―M(β2‐Microglobulin,ベータツーミクログロブリン)といわれる物質です。 (写真1)

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β2―Mって本当に悪いの

 こうなると悪いのはβ2−Mのように思えてきますが、実際研究を進めていくうちに透析アミロイドーシスと血中β2−M濃度との間には相関が無い事が明らかになりました。さらに、正常なβ2−Mには透析アミロイドーシスで見られるような骨・関節破壊を説明できる生理活性が認められなかったため、透析アミロイドーシスには他の因子の関与が考えられるという結論に至りました。

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AGEs化により説明が可能

写真2
写真2
 最近になって、糖と蛋白の非酵素的反応で あるメイラード反応(後述)を受けてAGE s(Advanced glycation end products:糖 化最終産物)化したβ2−Mが沈着アミロイドに存在している事実が明らかとなり、透析アミロイドーシスにおける骨・関節障害の進展を、AGEsとその生理活性を考慮する事により説明できる可能性が注目されたわけです。すなわち、β2−MのAGEs化が進み、単球から分化したマクロファージに作用し、骨吸収性のサイトカインが分泌されます。さらにマクロファージから分泌されたサイトカインは滑膜細胞にも作用し、コラゲナーゼの産生を促進し、骨・関節の基質蛋白の破壊をもたらします。
 同時にサイトカインやAGEs化したβ2−Mは骨芽細胞の関与のもとで破骨細胞の活性化を起こし骨吸収を促進します。これらの過程を経て透析アミロイドーシスが進展するのではないかという仮説がたてられるわけです。(写真2)

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メイラード反応とは

写真3:メイラード反応
写真3
 メイラード反応では、グルコースなどの還 元糖が非酵素的にアミン、アミノ酸、ペプチ ドなど、蛋白質由来のアミノ基と反応してシ ッフ塩基が生成し、さらにアマドリ転移によ り安定なケトアミン(アマドリ転移の生成 物)となります。ここまでの反応はメイラー ド反応の前期段階と呼ばれています。
 日常の臨床の現場で血糖コントロールの指 標として測定されているグリコヘモグロビン やフルクトサミンが前期段階生成物に相当し ます。アマドリ転移生成物以降の反応は、メ イラード反応の後期段階と呼ばれ、1連の脱 水、縮合、環状化、酸化、断片化反応を経て、 褐色変化、蛍光、分子架橋などの特徴を有す る後期段階生成物(AGEs)が形成されま す。(写真3)

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味噌もメイラード反応から

 メイラード反応とは食品の加工・調理・貯 蔵にたとえると理解し易いかも知れません。 例えば、アジア系の人々が好む魚醤、穀醤、 味噌などの調味料はアミノ酸やペプチドなど の物質がメイラード反応を経て褐色に変化し たものです。さらに糖分を含んだ食品を加熱 したときに生じる香ばしい匂いや焦目の褐色 もこの反応が関わっています。西欧で言えば ウィスキーや黒ビールがこれに相当するでし ょう。
 臨床的にメイラード反応が研究され始めた のは1970年頃から血中グルコース濃度が 高くなる糖尿病患者さんにおいて、グルコー スと生体タンパク質との間でメイラード反応 が促進される事実が明らかにされてからです。 つまり、臨床的初期段階ではAGEs形成を 含む1連のメイラード反応は、糖尿病の指標 として用いられていました。

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AGEsと腎不全

 AGEsは蛋白質のアミノ基と、グルコー スなど還元糖のカルボニル基との非酵素的反 応を介して生成する蛋白修飾最終産物として 提唱され、先に述べたように、従来、主とし て老化や持続的高血糖を有する糖尿病合併症 との関連で研究が進められてきました.しか し、腎不全では血糖レベルに関わらずペント シジンやカルボキシリメチルリジン(CML といいます)などの血中AGEs濃度が非腎 不全糖尿病患者さんのAGEs濃度に比べて 数倍〜数十倍の高値であることや、糖化マー カーであるフルクトースリジンやグリコヘモ グロビンA1cとの相関が認められないという 事実から、AGEsの生成には糖化反応だけ では説明が出来ない事が明らかになってきま した。
 近年、AGEsであるペントシジンやCM Lの生成過程においては糖化だけではなく酸 化の過程が重要である事実が明らかになって さました。実際、in vitoro(人工的に体内と 同じ様な条件で)の実験においてはペントシ ジンやCMLのようなAGEsは非酸素下で は形成しませんでした。この事より、生体内 の蛋白は酸化ストレス下(後述)に置かれて いる事が明らかになってきました。

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酸化ストレスとは

 人間が酸素を利用してニネルギーをつくり だす過程では複雑な化学反応が起きますが、 その過程で活性酸素などの有害な物質が産生 され生体に悪影響を及ぼすと考えられていま す。これを酸化ストレスと呼びますが、現在、 酸化ストレスは糖尿病や虚血性心疾患等の生 活習慣病、腎不全、痴呆や老化現象などに広 く関わっていると推測されています。  腎不全患者さんは健常者に比べて著しい酸 化ストレス下にあるという多くの報告があり ます。例えば、脂質過酸化物の増加、蛋白酸 化物の増加、血中還元アルブミンに対する酸 化アルブミンの比の上昇、酸化型アスコルビ ン酸の著しい増加などによって腎不全患者さ んが酸化ストレス下にあるということがわか ります。これらの事実より腎不全における著 しいAGEsの蓄積には、生体内酸化ストレ スの進行がより重要な役割を果たしている可 能性が考えられます。この仮説を裏付ける事 実として、腎不全においては血中ペントシジ ンやCMLは酸化ストレスマーカー(酸化を 計る指標)である脂質過酸化物や蛋白酸化物 と相関するという事実が挙げられます。
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酸化ストレスからカルボニルが産生

 我々は酸化ストレスによって産生されるカ ルボニル(後述)という物質に注目して研究 を進めています。カルボニルは体内の栄養や 構成成分である糖、脂質、アミノ酸が酸化ス トレス等の影響により変化したもので、非常 に不安定で、蛋白と反応し易くなっています。  その結果蛋白の正常な機能が失われて障害 を引さ起こすと考えられています。現在まで の研究でカルボニルは糖尿病、動脈硬化、腎 不全、アルツハイマー病といった多くの疾患 に関与する事が推測されています。
 我々は、カルボニルが老化現象や生活習慣 病などの慢性疾患の原因の1つであると考え ており、有害なカルボニルを減少させる事で、 糖尿病等の疾患を予防・治療する事ができる のではないかと考えています。

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カルボニルストレスとは

 生体内において、糖質、アスコルビン酸か ら酸化反応によって生じるグリオキサール、 メチルグリオキサール、アラビノース、グリ コルアルデヒド及びデヒドロアスコルビン酸 などいくつかの化合物はAGEsができるま での中間物質(中間反応体又は前駆体)の1 つです。
 これらの物質は非常に反応し易いカルボニ ル基を持っており、生体内の蛋白のアミノ基 と非酵素的に反応してシッフ塩基と呼ばれる 物質を構成して、最終的には、ペントシジン やCML等のAGEsを形成しています。同 様にこの様な酸化ストレス下では脂質過酸化 も進行し、マロンジアルデヒド(MDA)や ヒドロキシノネナール(HNE)のような脂 質から出来る中間物質も形成されます。

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カルボニル化合物は酸化を介して生成

写真4
写真4
 これらの中間物質も蛋白質のアミノ基等と 反応し、ALEs(Advanced lipoxidation end products:脂質過酸化最終産物)と呼ばれる最終産物を形成します。このように多くの中間反応体(カルボニル化合物)は酸化を介して生成されるのです。
 腎不全患者さんの体内には上記のようなカ ルボニル化合物の産生亢進、レドックス異常 に伴うカルボニル消去能力の低下、さらには、 腎臓の糸球体濾過機能の低下の影響を受けて カルボニル化合物が蓄積し、生体蛋白を修飾 する結果、AGEsやALEsの蓄積する事 が推測されます。このようなカルボニル化合 物の過剰状態及び蛋白修飾は単に糖化や酸化 ストレスの亢進というよりは、正確には"カ ルボニルストレス"として表現した方が適切 ではないかと考えます。つまり、"カルボニ ルストレス"とは腎不全における糖・脂質に よる非酵素的反応の広範な異常を示している といえます。(写真4)

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新しい治療法に向けて

 透析アミロイドーシスの発症メカニズム(仮説)が判って頂けたところで、実際治療法や薬剤の開発について我々が研究している事をご報告しようと思います。
 現在行われている蓄積透析アミロイドの治療法にはいくつかあります。

  1. 低濃度のステロイド剤又は抗炎症剤の投与。
  2. 外科的な摘出。
  3. 腎臓移植。
  4. 透析膜の選択:膜の生体適合性の考慮。
などがあげられます。上記以外の新しい腎不 全の治療法に向けて、
  1. カルボニルストレスを軽減させる透析療 法における透析液、透析膜の開発。
  2. カルボニルストレス阻害薬の開発。 に力を傾けています。
 最近、透析膜生体適合性の問題とカルボニ ルストレスとの関連が注目されています。従 来透析膜生体適合性については好中球減少・ 補体活性化・サイトカイン産生などの比較的 急性期の酵素的反応系の側面から論じられて きました。

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透析膜でカルボニルストレスを軽減

 しかし、もう少し長期的な非酵素内反応系 と生体適合性の関連についても興味が持たれ るようになりました。そこで我々は血液透析 における透析膜がカルボニルストレスに及ぼ す影響を最終産物であるペントシジンを用い て検討してみました。その結果いくつかの膜 で、カルボニルストレス軽減効果が見い出さ れました。まだまだ研究段階なのでもう少し はっきりしたことが判り次第ご報告させて頂 きます。多少理解し辛い箇所もあったかと思 いますが、今後とも腎不全患者さんの合併症 の、予防や進展を防ぐ為にこれらの研究を続 けて行きたいと思います。

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東腎協  1999年7月25日 No.129
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最終更新日:平成13年3月16日
作成:Tokura