第一部 講演1 講師 日本医科大学第二内科教授 飯野靖彦先生
飯野晴彦先生
蛋白尿が出ていると言われたら

 今、透析患者さんは20万人を超えています。ですからその患者さんの数をなるべく増やさないようにするための治療が必要なわけで、それを理解していただこうということです。「蛋白尿が出ていると言われたら…」という、今日の題をつけました。

図-1 腎臓の図


尿蛋白が持続して出たら注意信号

 まず腎臓の役割について、お話ししたいと思います。腎臓というのは背中の方に2つこぶし大のものがあって尿を作っています。普通、尿には蛋白は含まれていません。(図―1)


 正常の方でも激しい運動をしたり、あるいは熱が出たり、そういうときに出る場合もあります。そういうものは余り心配しなくていいのですが、ずっと蛋白が出ているような方は注意信号です。
 血液検査のクレアチニンというのは腎臓の機能を非常によく反映するのですが、クレアチニンが上がってなくても、尿に蛋白が出ている場合には注意しなければいけません。


腎臓は体液を調節する器官


 普通、腎臓が悪くなければ、水を2、3日全然飲まなくても、逆に25リットルくらい、ばっと飲んでも、人間の体の血液や体液量というのは変わりません。
 食塩もそうです。日本人の平均摂取量というのは13グラムぐらいですが、30グラムぐらいとっても、血液の塩分量(ナトリウム)は変わりません。カリウム、水素イオン(酸)、カルシウム、リン、こういうものもたくさんとってもゼロでも2、3日の間は耐えていけます。
 これはなぜかといいますと、腎臓があるからです。ですから、腎臓というのはそういう血液と体液のナトリウムとか、水の量、そういうものを調節する器官なのです。

海の動物の腎臓は発達していない

 例えばこの腔腸動物のヒドラは腎臓がありません。(図―2)
単に栄養も海からとってきて、細胞の中に拡散によって入っていきます。そして老廃物もたまってくれば自然に出ていきます。ですから腎臓がいらないわけです。
 淡水魚、つまり川に住む魚などは薄い水を飲みます。薄い尿を出さないと体液が薄くなってしまいます。ですから、このように尿細管といって細い管が必要になってきます。この細い管で、ナトリウムを体に戻して、それで尿を薄くしていますので、体液が薄くならないのです。
 それからカエルなどの両棲類も水の近くに住んでいるので、そのように薄い尿を出すだけでいいわけです。ですから尿細管の長いのがあるだけです。

ヘンレのル−プ

 ところが、鳥とか、我々哺乳動物だと、ヘンレのル−プといってくるっと回っているところがあります。(図―3)これはなぜあるかというと、水のないところでも何日間か生きていくためです。このヘンレのル−プが尿を濃くして水を少なく排泄します。つまり少量の尿で生きていけるようにできているわけです。
 こういう作用が腎臓として一番重要です。ですから透析の患者さんだと、それを調節するのに水を引いたり、あるいは塩分とかカリウムを調節して、日常生活を送っているわけです。
 以上のように腎臓の役目の一つとして、水、電解質の調節があります。

図−2 ヒドラの図 図−3 ヘレンのル−プの図

腎臓は排泄や分泌の重要な臓器

 蛋白尿が出て腎臓が少し悪くなってきた人には食事で蛋白制限をしなさいと言われます。
 なぜかというと、ここにありますように三大栄養素というのは炭水化物と脂肪と蛋白質でできていて、炭水化物と脂肪はCとHとOでできています。これらは代謝されるとCO2(炭酸ガス)とH2O(水)になり、炭酸ガスは呼吸で排せつされます。H2Oは汗からも出ていきます。ところが、蛋白質はN・窒素成分があります。これは腎臓だけしか排泄できません。
 ですから、腎臓は蛋白代謝産物の排泄に非常に重要だと言えます。そのほかに腎臓は、骨に関係しているビタミンD、赤血球をつくるエリスロポエチン、それから血圧に関係するレニン・アンジオテンシン系、それからブラディキニン系とか、いろいろなホルモンを分泌している重要な臓器です。(図―4)

糸球体に障害が起こると蛋白尿が出る

 糸球体というのは糸を巻いたような球形のものだという意味です。(図―5)ここに血液が入ってきて、濾過されて尿のもとになるものができます。
 この網目とかそういうものが脆くなってきたり粗くなってきたり、あるいはそこに陰イオンといって、チャ−ジがついていなかったり、いろんな原因で糸球体の障害が起こってくると蛋白尿が出てきます。
図−4 腎臓の役割 図−5 糸球体の図

蛋白尿が出ても悪化させなければよい

 そこで、蛋白尿が出ても腎臓を悪化させなければいいわけです。透析までいかなければいいわけです。それを防ぐにはどういうことが必要かというと、ポイントが2つあります。1つは高血圧です。それからもう1つは蛋白尿の程度です。この2つが非常に重要です。
 もちろん、原疾患の治療も、つまり、糖尿病なら糖尿病の治療、膠原病なら膠原病の治療、といろいろな治療もしなければいけないのですが、すべてに共通するのがこの2つです。つまり透析前の人たちが気をつけなければいけないことは、高血圧と蛋白尿の程度です。蛋白尿の程度が多いと早く悪くなります。血圧が高くても、早く悪くなります。

血圧は低い方がいい

 それを示したものがこの図です。(図―6)下の方に血圧の値が出ています。血圧が160、下が100以上の患者さんは早く腎不全、透析になってしまいますよというデ−タです。
 高ければ高いほど早く腎臓が悪くなります。ですから血圧は低い方がいいのです。保存期、つまり、蛋白尿が出ている人の血圧は125〜75以下くらいに、低めにコントロ−ルしなければいけません。
 日本人の死因というのはどういうものが多いかというと、もちろん、がんなどが一番多いのですが、そのほかの脳血管障害、心疾患、こういうものはやはり血圧に関係しています。

図−6 血圧の図

 ですから透析患者さんも心臓が悪くなる人が多いわけです。高血圧は透析患者さんも注意しなければいけないわけです。血圧に関係しているのは1つは食塩です。食塩をたくさんとると水の量が多くなって血圧が高くなります。これは食塩の摂取量が多い方が血圧が高いですよということを示した表です。(図―7)

図−7 血圧と食塩の表

本来塩分はそんなに必要ではない

 日本人の食塩摂取量は、一時期落ちたのですが、だんだんふえてきて、今13グラムになっています。アメリカの平均が10グラムですから、まだまだ高いです。加工食品、ファ−ストフ−ドなどいろいろなものがありますから食塩の摂取量が多いわけですが、人間にとって本来、塩分というものはそんなに必要ではありません。ですからもっと減らしていいと思います。ただ、味覚として、一度食塩の味を覚えると、食事というのはおいしくなります。ですから非常に辛いのですが、そこのところは少し我慢しないといけません。

高血圧学会が出したガイドライン

 そこで高血圧学会が出したガイドラインというのがありますが、これは、普通の本態性高血圧、つまり腎臓が悪い人じゃなくても最適血圧は、120の80未満。ですから、今まで考えられていたものより、もっともっと低くしないといけません、ということを示しています。若年とか中年者、あるいは糖尿病患者さんでは130の85未満にしなければいけません。高齢者は少し動脈硬化がありますので、少し高くてもいいでしょうということで、140以下。これは日本だけなんですが、アメリカ、ヨ−ロッパの高血圧のガイドラインには「年齢に関係なく130の85未満にしなさい」と書いてあります。
 それで腎臓が悪い人は、降圧目標は130の85。ただし、蛋白が出ている人は、どんどん腎臓が悪くなりますからもっと下げましょう。つまり「125の75未満にしましょう。血圧が低ければ低いほど腎不全で透析にならないで済みますよ」ということです。

高血圧は腎臓を潰す

 それで、それを守らないとどうなるかというと、腎硬化症という状態になります。高血圧がどんどん進んでくるとこのようにぼつぼつ、ごづごつになってしまいます。腎臓が潰れていってしまうのです。(図―8)

図−8 腎硬化症の図

統計的に、蛋白尿が少ない人の方が腎臓が悪くならない

 そこでまず、蛋白尿を減らさなければいけないのですが、減らすにはどうしたらいいかというと、1つには薬があります。降圧薬の中にアンジオテンシン変換酵素阻害薬というのがあります。それからアンジオテンシンUの受容体拮抗薬というのもあります。そういうものを使うと、蛋白尿が減ります。減った方が腎臓が悪くならないのです。統計的に言いますと、蛋白尿が少ない人の方が腎臓が悪くなりません。ですからこういう薬を使います。これは去年ぐらいから糖尿病の人とか、いろんな方で何万人の人で調べて良好な結果が出てきています。(図―9)

図−9 尿蛋白の変化

60代の6人に1人が糖尿病

 それから問題になってくるのは原疾患が糖尿病の場合です。糖尿病というのはここ25年で25倍にも患者さんが増えています。それで腎臓の悪い人も増えてくるわけです。日本人の60代では、6人に1人が糖尿病だと言われています。ところが栄養素の摂取量というのは、1975〜95年までほとんど変わりないわけです。何が変わったかというと、日本人は油っこいものを食べ始めて運動をしなくなった、それが糖尿病がふえてきた原因です。

糖尿病と高血圧と腎障害

 それからもう1つ重要なのは、糖尿病と高血圧と腎障害、この3つが、非常に重要な関連をもっているというのが最近言われてきました。糖尿病のある人は高血圧になりやすいし、腎障害を持っていると高血圧になりやすい、高血圧から腎臓病も起こる。この3つが一緒になって悪い因子となっています。ですからこの3つのうち何かあったら、ほかのも起こる可能性があるから気をつけなければいけません。

クレアチニンは年数がたつほど早く上がる

 クレアチニンというのは腎臓が悪くなると徐々に上がっていきます。普通は1ぐらいですが、年数がたつに従って早く上がっていきます。
 ですから2を超えたら、注意しなければいけません。危ないですよという注意信号です。大体5から透析へ入る10ぐらいまで、1年〜2年で上がります。

蛋白尿と言われたら早朝尿を見る

 それで「蛋白尿と言われたら……」基本的には検診で、まず朝の第一番の尿を見ます。これで出てなければ、動いたときに出るとか、そういうものの可能性が強いということで、まず心配いりません。ただし年に1回は必ずチェックしなければいけません。

何回かやっても出るようだったら腎臓内科医に

 次に、早朝尿で、何回か検査しても蛋白尿が出ていた場合、腎臓内科医に行きましょう。検査で糖尿病性腎症とか慢性糸球体腎炎とか腎硬化症、膠原病などの診断ができます。
 そして、高血圧と蛋白尿を減らす治療をやっていかなければいけません。さらに血尿もある場合には、これはがんの可能性もあるし、前立腺炎の場合もありますし、前立腺がんの場合もありますし、結石の場合もありますから、泌尿器科医に診てもらう必要があります。これは1回だけでもいいと思います。数年に1回でいいと思いますけれども、きちっと泌尿器科の先生に診てもらう必要があります。

蛋白尿の人が注意すべきこと

●定期的に腎臓内科医に受診する。
●血圧を125の75未満にする。
●蛋白尿を減らす治療をする。
●原疾患の治療をすること。
●食塩、蛋白質の量を制限すること。
  それから、生活習慣の修正もしておかなけれ
  ばいけません。
●食塩は7グラム以下に。そして、できれば5グラム以下に。
●適正体重を維持しましょう。
●アルコ−ルを余り飲まないように。
●コレステロ−ル、飽和脂肪酸、脂肪の摂取を控える。
●有酸素運動をする。
●禁煙をする。

というのが重要になってくるわけです。(拍手)

司会 飯野先生ありがとうございました。もう一度先生に拍手をお願いいたします。ありがとうございました。

東腎協 2003年2月3日 号外

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最終更新日 2003年4月5日
作成:K.Atari