日本医科大学第2内科 腎臓内科部長
助教授 飯野 靖彦
1、腎臓の重要性 2、透析生活の向上を目指して |
只今ご紹介いただきました飯野です。お招きをいただきまして大変光栄に思っております。今日は「透析生活の向上を目指して」というテーマについて、お話をさせていただきます。
皆さんは午前中に活発なご討論をされてお疲れだと思いますので、前半は腎臓の重要性を簡単にお話して肩の凝りをほぐしていただいて、後半に透析生活の向上を目指してということで私の考えていることをお話させていただきます。
地球は太陽系の3番目の惑星で「水の惑星」とも言われ、地球だけに水が豊富にあります。地上に生命が生まれてきたのは水があるからです。水があって初めて生命が生まれたということで、今太陽系で生命の存在が確認されているのは地球だけです。
この地球が出来たのはだいたい46億年前、非常に昔ですが、生命が発生したのが40億年前、猿から人に進化したのが僅か20万年位前です。それはどういうことかと言いますと、人の進化というのは大変早く起こっている、ちょっとの間で起こっています。例えば、生命が生まれて現在までを一年と例えると、猿から人に進化したのは12月31日夜の11時36分頃なんです。つまり、生命が出来てから人が生まれてきたのはごく最近のことなのです。そして非常に早く進化した、ということが重要だと思うのです。
これはハレー彗星ですが、水がどうして出来たか2つの説があります。彗星が地球にぶつかって水が出来たという説と地球が出来る時に小惑星がぶつかって、それに含まれている水が地球に溜まったという説があります。昨日発売の雑誌の中で、彗星から水が出来たという説は疑問だという論文が載っていたんですが、それはどうやって調べたかというと、水の中には重水と普通の水がありその割合が彗星とはちがうんじゃないかということが言われています。
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魚が川に入ってきた場合、淡水魚と言いますが、川の水は真水なんですね。塩分が低い訳です。すると、薄い水を飲んだ時どうしなければいけないかというと、腎臓で薄い尿を出します。そうしないと身体の血液が薄まってしまいます。そのために腎臓の原型となる糸球体と尿細管が出来てきます。糸球体という円い血管の糸が巻いたようなものが出来てきます。また、尿細管というのは濾過された物を再吸収することによって尿を薄くする作用があります。
淡水魚とか両生類の水の近くにいる生物はこのように物を薄くする希釈力というものを獲得する訳です。ところが鳥類とか哺乳類は水から離れて長い間生活しなけりゃいけない。そうしますと、水を身体の中に溜めて置かないと濃くなってしまう。その為に尿を濃くしないといけない。そこで濃縮力が出てきます。ですから、腎臓には尿を薄くしたり濃くしたりする能力があります。特に鳥とか哺乳類、そういう動物は濃縮力があります。
人の腎臓は最終的に非常に進化して発達した腎臓なんです。腎臓が何故あるかというと生まれた状態の原始の海を身体の中に持って、絶えず調節していくためなのです。それを皆さんの場合には透析の機械で調節をしているのです。
それでは、人間の身体はどのくらい水があるかと言うと、60%位が水で、殆ど水から出来ているんです。人によって異なりますが、女性の場合は55%位で少し少ないですが、これは脂肪が多いからなんです。太っている方が水の量が少ないのも脂肪の量が多いからなんです。大体60%が水の量になっています。ですから、水は皆さん必要なんです。
皆さんが水を飲みたいというのはよく分かるんです。それは遺伝子のなかで水を飲みたいという何かの要求が、生命を維持していく要求が多分あるんでしょう。ただ、あんまり飲み過ぎると体重が増えてきて、ドライウエートが増えてきて心臓にも負担が掛かりますから、良くないということがわかります。
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腎臓というのは極めて重要で、身体の中の電解質等を調整している訳ですが、腎臓にはたくさんの血液が流れないといけない。心臓から出る血液の大体1/4が腎臓に来ます。脳にも大分行くんですが、グラム当たりと言って重さ当たりの血流量というのは身体の中で一番腎臓が多い訳です。ですから、非常に重要な臓器です。もちろん、脳も重要です。頭に血液が行かないとボケテしまいますから、腎臓はその次位に重要であるということが言える訳です。一日大体40回すべての血液が腎臓を通る計算になります。自分の身体の血液の40倍の量の血液が腎臓に通って行くと言えます。(図2)
腎臓では先程言いましたように、塩分が非常に重要な役割をしている訳です。塩分を調節する機構が腎臓にはあります。塩分が重要だということはsaltという字からもわかります。これは塩と言う意味ですけれど、サラリー、これは給料ですけれども、これらの語源は両方とも同じなんですね。だから、給料貰うのも、塩分と同じ位重要であった訳です。昔のエジプトでは給料の替わりに塩を払ってたという記録もあります。
腎臓の機能とは体液の調節をするのに必要なんですけれども、腎臓の機能は大きく分けますと4つあります。いろいろな分け方がありますが、私はこういう風に4つに分けております。
これには、透析技術として2つあります。皆さんにとって重要なことは透析効率を充分に上げる。これは我々透析の医者の立場からも重要なんですけれども、透析効率をキチット上げなければいけない。それからもう一つは、体液量なんです。透析効率だけでは長生きはできない。
皆さんご存じのように、アメリカの透析、ヨーロッパの透析と日本の透析を比べますと、日本の透析患者が一番長生きです。これは、統計で出ている訳です。これは何故かと言うと、いろんな分析はされているんですが、透析時間の問題があります。それから、透析効率の問題があります。例えば、日本の透析患者さんが一番長生きですが、フランスのある透析施設では週3回、8時間透析をやっているんですね。
私たちも最初透析を医科歯科大で始めた頃は、膜の効率が良くなかったので、8時間とか10時間やったことがありますが、フランスの例は日本の会社の効率の良い人工膜を使って、週3回、8時間透析をしています。そうしますと、透析予後と言いますか寿命がすごく延びるんですね。ほかの透析施設に比べて、まったく比べものにならない位延びてます。と言うことは何か長い時間やると、抜ける物があるということなんです。
これはフランスだけでなく、日本でも透析医学会というのがありますけれども、今年も報告がありました。毎年報告しているんですけれども、どういう透析が一番患者さんに良いかということを報告しているんですが、その中に、やはり4時間以下と4時間から5時間とそれから5時間以上とどれだけちがうかということが表で出ているんですね。そうしますと5時間以上の透析をしますと、生命の予後が良いと言えます。
ただ、身体の大きさとかいろいろな物で違います。ですから、時間だけでは何とも言えない。これをキチット評価するのは透析効率と言う指標がある訳です。皆さん聞いたことがあるかも知れませんが、(Kt/V)という指標があります。これは尿素窒素がどれだけ抜けるかと言う指標なんですね。ほかにTACBUNとかそういういろいろな指標があるんですが、各透析の施設の先生方はそういうのを計算していると思うんです。それによってどの位流量を上げる。何時間やったら良い。あるいは、ダイアライザーの種類を変えるとかそういうことを検討して適正な透析をして行くのです。
ただ、つぎにお話する社会的な面、包括化とか非常に保険医療が厳しくなっています。ですから、そこの兼ね合いが難しくなっております。そのほかに、今言いました透析効率だけではダメなんですね。もう一つはボリュウムの問題、ボリュウムと言うのは体重の問題なんですね。体重が増えてしまいますと、効率がいくら良くても、心臓血管系、脳卒中とか心筋梗塞とかそういうものを起こし易くなってしまう。ですから、その2つの面が非常に重要なんです。
先月ですか、名古屋大学教授の前田先生と、大阪の国立循環器医療センターの木村先生と3人で、どういう透析が良いかをディスカッションしたんですが、ある雑誌に載るんですけれど、その中でやはり透析をやるにはやはり今の透析では時間を長くして、頻度を多くした方が良いというのがやはり結論ですね。また、血液透析だけでなく、フィルトレーションと言って血液濾過というものを併用すると非常に良いと言えます。ただこれも保険の問題とかいろいろありまして、キチット出来ない場合もあります。
それから、前田先生が言われていたのは今、週3回というのは一日空けが2回ありまして、2日空けが一回ありますね。これは心臓に負担が掛かる。つまり、体重が増えてしまうということで、一日置きをずっとやった方が良い。(月・水・金)、(火・木・土)でなく、(月・水・金・日)と一日置きにずっとやった方が理想的だと前田先生はおっしゃっています。ただ、今それをやろうと思っても非常に体制を組むとか、いろんな面で問題があります。ですから、われわれも患者さんの一番良い状態に持って行くために努力はするんですが、今のところなかなか難しいところがあります。ただ、理想的にはそういうことが言えます。
それから、もっと理想的には家庭透析が良いかもしれません。保険で認められてきましたけれども、これからは家庭透析は大変重要になってくる。例えば、私は去年ニュージーランドに行ったんてすけれど、ニュージーランドの透析は殆どが家庭透析です。98%以上が家庭透析です。距離的なものとかいろいろありますから、一概に日本と比較する訳に行かないんですが、殆どの人が自宅で自分で針を刺して、自分で透析をしている。すると好きな時間に充分な透析が出来る訳です。そうすると、非常に生命予後が良いというか、長生き出来るということが言えます。
ほかには、もちろん、食事の影響、それから、運動をするということですね。筋肉量の多い人の方がやはり長生きが出来るということが言えます。ですから、定期的に運動をする。日本でもある透析施設では患者さんに運動してもらうという所があります。それをしている所では他の施設に比べて長生き出来るということがいえます。それから、合併症が少ないということも言えます。
食事についてはあまり制限してカロリーが少ないとやはり問題になってきます。先程言いましたように、筋肉量が増えた方が良いですから、充分な透析をしてある程度充分な食事を摂る。というのが今の生き方になっています。制限制限ばかりじゃないんですね。ただ透析が充分じゃないと、いろいろな物を摂ると溜まってきますから、ここが重要な所なんですね。これが一番目のより良い透析という面です。
それから、2番目のより良い環境、これは皆さんが午前中ディスカッションしていたように、厚生省からいろいろ締め付けが来ています。皆さんの負担とかあるいは保険の包括化、あと、ダイアライザーのreuse(リユース)・再使用とかいろいろな問題があります。ですから皆さんが出来るだけより良い環境で透析が出来るようにするためには、皆さんが一致団結して進んで行かないと難しいと思いますね。意見が食い違うのは皆さんの考え方が違うので仕方がないとしても、自分達のより良い環境を作っていくという面で団結して行く必要はあると思います。
それから、一つ私が関与していたことなんですけれども、伊豆諸島で透析が始まりました。3年位前、神津島でまず初めまして、それから大島、今8丈島で透析をやっています。僕も月に一回ずつ飛行機で飛んで行ってるんですけれど、最初は神津島だったんですが、今3人の方が透析をやっています。非常に、始めるのに反対がありました。難しかったんですが、東腎協の方々も協力してくださいましたし、東京都の方々にも協力していただいて、3年位前に始めたんですね。なんとか今続いております。それで皆さん島に帰れて良かったとおっしゃってます。
大島は今透析を開始して一年半位、2年近くなりますかね。今患者さんが15人いらっしゃいます。さらに増えてくるような感じですね。大島の透析というとその方々は今までどうしてたかというと、東京で透析をして帰れなかった訳ですね。やはりそういう方々は自分の生まれた故郷で、自分の仕事を持って漁師の方々とかいろんな方がいらっしゃる訳ですけど、そこでやはり透析をしたいという希望があるわけです。ですから、そういうことを皆さんが協力しながら作っていく、我々協力して努力していって、少しずつ変えていかなくてはいけないということで、伊豆諸島の透析はより良い環境を作るという意味で重要なことだと思うんです。
3つ目は何かというと、これはより良い人生を送らなきゃいけない。良い透析をしても、よい環境であっても、自分の人生が良かったと思うような人生を送っていただきたい、というのが一つなんですね。これはですね、3週間位前に内科学会と言うのが福岡であったんですけれども、特別講演に柳田邦男さんがお話になったんです。柳田邦男さんというのは息子さんが自殺なすってその腎臓を移植なすった、ということで、非常にその息子さんが亡くなったことに対しても深く考えておられるし、移植についても良かったのかどうかと悩まれている方なんですけれども、本では「sacrifice(犠牲)」という本を書いていらっしゃいますね。非常に良い本ですけれども、それで先月位に「犠牲その後」と言う本がまた出ましたけど、その方の特別講演がありました。
どういうことをしゃべったかというと、一つはですね、医師の会ですから、医師に対する要望なんですね。そうしますと、「2人称の人を大切にしなければいけない」。一人称は自分であって患者さん自身ですから、患者さん自身を治療して、精神的に支えてあげるのは重要なことです。その他に患者さんには家族がいらっしゃる、親がいらっしゃる、お子さんがいて、そういう人の中で生活している訳ですからそういう方も含めた治療が必要じゃないか。そういう方々が皆さん幸せになる治療、ですから皆さんも透析をやってて、自分だけが透析をやって生きていく訳ではないですね。家族の方と一緒に生きている。ですからそれを大事にしながら自分の人生を創り上げていかなきゃいけない、ということが言われているんです。
それについて「我々ドクターサイドも患者さんの家族も含めたそういう医療をしなさい」と言うようなことを柳田邦男さんが言ってらしたんですが、「尤もだなあ」と思いました。ただ非常に大変なことです。我々医療サイドとして患者さんと家族を含めて総てを含めて満足の行く、納得した人生を送らせるというのは難しいですが努力すべきことだと思っています。
透析に関してあと一つ、これからは自己決定権と言うのが重要になってくる。より良い人生を送る為に例えばアメリカでは、透析患者さんで死亡なさる方の中に「透析はやらない」と透析拒否をする方がいらっしゃるんですね。僕の患者さんにもアメリカの方がいらしてですね、その方は3年位日本で透析をやったんですけれど、結局いろいろ話して、日本語があんまり出来なくて、英語で話すしかなかったんで、英語でやったんですけれど、シャントのトラブルとかいろいろありまして、結局アメリカに帰られて、それでホスピスみたいな所に入られてそれで透析をやらないで亡くなった方がいらっしゃいます。
その方はご自分の人生を自分で決めるということをなさっているわけですね。だから私は透析をしても普通に生活出来ると思いますから、そういう拒否ということに対してはあまり賛成はしないんですが、ただ自分で決定していくという考え方を持たないといけないという気がします。透析のために患者さんがたくさん、うちの大学に入ってきますけれども、そこで問題になるのは年齢の問題があります。90歳の方もいらっしゃいますし、80歳の方もいらっしゃいます。それでどういう方にどういう透析をするか、99歳の人にも透析をするのかどうか。そういうことは非常に悩む訳ですね。
ただ、私の考え方は、その方が透析をやって一日でも長く生きたいという場合には透析をやってあげる、ということを若い先生には言っているんです。何故かというと、一日の重要性がその人にとっては人生の総てかもしれない。それによってその人が納得いく人生を終えられたとしたら、一日でも透析した方が良い、と考えています。
最近良くinformed・consent(インフォームド・コンセント)と言いますね。患者さんとドクターで充分な情報を交換しながら治療法を決めて行くということで重要だと思います。
そろそろまとめに入りますけれども、透析生活の向上には3つの点があるということですね。
ということで、最後の言葉なんですけれども、これは東海大学の黒川教授、医学部長の座右の銘で、ラテン語なんですけど「calpediem」(カルペデイエム)、英語で言うと「enjoy・the・day」、日本語で言うと「今を生きる」ということで、映画がありましたけれども、これはどういうことかというと、自分の一瞬一瞬を大事にして生きて行かなきゃいけない。これが透析している方が人生を良かったなと思える指標になるんじゃないかというふうに考えております。
あまり長くなってもいけませんのでこの辺で終わらせていただきます。ご静聴ありがとうございました。
最終更新日:平成13年3月16日
作成:Tokura