医学講座
透析患者における
整形外科的疾患の考え方
日本赤十字社医療センター整形外科 奥津一郎、吉田 綾、浜中一輝
奥津一郎先生 |
手足のしびれ、肩腰の痛みなど悩んでいる会員さんの声を多く聞きます。この講座で各々の合併症の参考になるように原稿をお願いしました。
10年以上の長期に渡り血液透析を受けていると、アミロイド(類澱粉)が体の中の滑膜、腱滑膜、靭帯や腱(すじ)などに沈着して様々な整形外科的疾患が起こってきます。
そして、発症した疾患は、透析肩、透析肘、手根管症候群などと個々の病名が付けられて、別々の独立した疾患として治療されてきました。
しかし、解剖学的な特徴と、どのような整形外科的治療法で対処できるかを考えた場合、これらの別々の独立した疾患は、一つの疾患群として統合することができるのではないかと考えました。そしてSLACS(スラックス)という疾患概念を1991年の第36回透析療法学会(神戸)で発表しました。
人体の中で、解剖学的に3方面が骨などの硬い組織で構成され、 残りの1面が靭帯などの軟らかい組織で構成される管腔構造の部位があります(図1)。
(図1) |
そして、この管腔中に腱や腱滑膜が存在しています。腱や腱滑膜などには早い時期からアミロイドが沈着するため、管腔の内容積が増加して患部の相対的な狭小化が起こり、内圧が上昇します。
神経が存在しない場合には、患部の運動痛や痛みとして認識されます(図2)。
(図2) |
この管腔の中を神経が通過している場合には、神経が圧迫され障害が生じます。
知覚神経が障害されれば、患部より末梢の感覚がおかしくなったり、 しびれ感や疼痛が出現します。また、運動神経が圧迫されれば、筋力の低下や筋肉の痩せが起こってきます。(図3)。
(図3) |
これらの疾患に対する共通した整形外科的治療は、出血が起こりにくい靭帯などの柔らかい組織を切り離して管腔を広げることで内圧を下げ、患部の疼痛を取り除くとともに、神経の圧迫を取り除いて知覚と運動神経機能の改善を図ることになります(図4)。
(図4) |
手術は、原則として局所麻酔下に外来日帰り手術として行います。
以下に具体的な疾患について簡単に説明します。
A.管腔の中を神経が通過しているために神経症状が出現する疾患
B.管腔の中を神経が通過していないために神経症状が出現しない疾患
などがあります。
手根管は手首の手のひら側に存在します。この管腔の中で正中神経が圧迫されて手根管症候群が発症します。当院での統計を見ると透析開始後平均16年で発症しています。
臨床症状は、親指、人差し指、中指と薬指の親指側半分のしびれと親指の付け根の筋力の低下です。患者さんの訴えは、夜間や透析中に起こる指のしびれや知覚障害です。筋肉がやせたために指が使いにくいことを訴えとして来院する患者さんは極めて稀です。
この病気の経過の中で注意する事は、はじめはしびれが強いのですが、ある程度症状が進行すると指のしびれや痛みが取れてしまうことです。
病気が治ったと考えてせっかく手術が決まっていても取りやめてしまう患者さんが見られますが、その間にも病気は進行して、親指の付け根の筋肉がやせて物が掴みにくくなります。放置すれば、手術を行っても親指の付け根の筋肉機能は回復しなくなります。
適切な時期に手術を行えば、しびれ感や知覚障害は、90%以上の患者さんで正常に回復します。しかし、破壊性頚椎症と呼ばれる頚椎病変を合併している場合は、首の部分で手指に行く神経が圧迫されているため、手根管症候群と同様な症状が手術の後に残る場合があります。
手根管症候群の手術を受ける時期は、手指のしびれや痛みが強いために日常生活が障害されたり、筋肉の力が弱くなってきた時点がよいと考えます。
肘部管は、肘の内側部分に存在します。この管腔構造の中を尺骨神経が通過しています。肘部管は、手根管と異なり腱は中を通過していません。アミロイドは腱滑膜に好んで沈着する性質があるため手根管症候群は、比較的早期に高頻度で発症しますが、肘部管症候群の発症頻度は、手根管症候群の発症数の1%程度と少なく、かつ発症までの平均発症期間は20年と長くなっています。
しかし、実際に肘部管症候群が発症していても、多くの医師が肘部管症候群について認識していないために、破壊性頚椎症による神経の圧迫症状と勘違いして、治療されている場合も多々認められます。
肘部管症候群は、薬指の小指側と小指が痺れたり感覚が鈍くなったりします。そして病気が進行すると手の中の小さな筋肉がやせてきます。手を背側から観察すると、親指と人差し指の間が窪んでみえます。この筋肉(第一背側骨間筋)の痩せのために親指と人差し指の間で物を掴みにくくなります。詳細については、1年前の『東腎協』(bP43,2002・5・25付)の記事を参照してください。
肘部管部で尺骨神経の圧迫を取り除いても、神経の回復速度は1〜2o/一日なので、指先まで回復するには、500日程度かかることになります。
したがって、知覚は回復しても、この500日の間に筋肉の障害が完成してしまい、運動機能は回復しない場合もあります。 肘部管症候群の診断は可能な限り早期に確定し、手術は早期に受ける必要があります。
足首の内側部分にも手の手根管と同様な解剖学的構造をしている部分があります。この部分を足根管といいます。
足根管は手根管と異なり管腔の底が多少柔らかいために余裕があり、手根管症候群ほど発症頻度が高くありません。
したがって発症は稀で、1986年以降手術を行った患者さんは数人です。
しかし、足の裏の痺れが腰の病変以外からも起こることを覚えておきましょう。
手根管症候群の手術後に指が引っかかるようになった。あるいは指の付け根の手のひら側が痛いと訴える人がいます。
そして手根管症候群の手術がうまく行かなかったためではないかと心配して来院することがあります。これは手根管が手術により開放されたために、手根管部で締められていた屈筋腱の動きが良くなり、その結果、指の付け根にあるA1靱帯性腱鞘部分で屈筋腱が締められている状況、つまりばね指が前面に押し出されて明らかとなったためです。この治療は、皮膚を1cm程度切開して行われてきました。創治癒期間は7〜10日程度です。
私たちは皮膚切開を行わずに、外来診察室で切り込み針を用いて腱鞘切開を行っています。創は、針の穴のみなので手術の翌日から水を使うことも可能です。切離された靱帯性腱鞘が再度くっつかないように、手術直後から手指をよく動かす必要があります。指を動かさなければ、せっかく切開した靱帯性腱鞘が屈筋腱と癒着して、指の機能障害を起こしたり、あるいは切開した腱鞘の断端が再び癒着して手術前の状態に戻ってしまいます。10本全部の指に起こってくる患者さんもいます。
手術の時期は、運動時に痛みがあったり、指が引っかかるために他の指で元に戻す必要が生じた時点です。
手関節の背側が腫れて指を動かすたびに、痛みを感じる場合があります。この部分には指を伸ばす腱が通過している鞘が数多く存在しています。腱自身、腱鞘あるいは腱滑膜にアミロイドが沈着するために、腱と鞘がこすれて痛みが起こったり、あるいは引っかかったり、腱が切れたりします。痛みが強い場合には手術を行います。手術は、局所麻酔下に行います。たとえシャントが存在しても、シャントに影響を与える事無く手術は行えます。創の治癒には2週間程度を要します。
1986年当時、手根管症候群の手術に際して、肩の痛みを訴える患者さんが散見されました。話をよく聞いてみると、「横になっている時に肩部分に痛みを感じ、起き上がると痛みが軽くなる」ということでした。
また、多くの患者さんの肩に可動域制限が見られました。そのような患者さんの診察を行った結果、透析患者さんにおける肩部の痛みは、肩インピンジメント症候群であることが判りました。
すなわち、肩峰下滑液包および上腕二頭筋滑液鞘にアミロイドがたまったために、肩峰下滑液包部分と上腕二頭筋滑液鞘部分の相対的な狭小化が発生して、上記の病態が発生するものです。また、肩関節の可動域制限は、痛みのために肩を動かさなかった結果発生した肩関節拘縮と考えました。治療は、3ヶ月程度肩を動かす運動をしても良くならない場合に手術を行います。手術は、「烏口肩峰靱帯と肩峰下滑液包」および「横上腕靱帯と上腕二頭筋滑液鞘」の切除です。現在までに手術を600肩に対して行ってきました。この内一割の患者さんでは、破壊性頚椎症による神経根の圧迫のために放散痛としての肩部痛が残りました。肩の手術を受けた患者さんは、肩関節の可動域訓練を継続する必要があります。継続しなければ、肩関節拘縮が再び起こり、その拘縮のための痛みが出現します。
稀に足関節背側の痛みを訴える患者さんがいます。しかし、これらの症状が継続したために手術を行った患者さんはありません。消炎鎮痛剤入りの貼付剤の使用で症状は改善します。
この他にも、アミロイド関節症、アミロイド骨嚢腫、破壊性脊椎症など、アミロイドの沈着により引き起こされる疾患があります。不明な点は医師に直接お聞き下さい。
まとめ
医師は、神経や関節の状態を手術により治りやすい状態にする手伝いをしています。したがって患者さん自身も術後に後療法を積極的に行い、自分で病気を治す努力をする必要があります。適切な時期に適切な治療を行えるように、病気についての理解を深めてください。
作成日:2003年6月23日
作成者:sasaki