私は結婚26年になります。
振り返ってみると二年目で、待望の赤ちゃんができました。姑が助産婦でしたので心強かったのですが、尿検査でタンパク尿がすごく、先生に子供は無理ですと言われました。今思うと透析よりもずっとショックでした。でも、今は一男二女です。皆元気です。
夫は海外出張が多く、三人の子育てには夢中になり、自分の体は二の次でした。
気がついたら自分の体がガタガタでした。まず、足が一夜でズキンズキンと痛くなり通風でした。その内に顔がむくみ体全体がむくみ近所の人に「どちらさん?まるでだるまが歩いている様」と後で言われもしました。
近くに内科で大病院を紹介してくれ、忘れもしない平成2年6月13日やっと病院へ行きました。11時45分で窓口が閉まってしまい、やっと来たのでどうかお願いしますと、しぶしぶ見てもらったら即透析ですと言われました。
あれからもう8年になります。長男はアメリカのユタ州で大学の二年生で、長女も来年3月に大学卒業、二女は高校二年生です。今は自分の体だけに気をつけて、楽しく人生を過ごしたいといつも思っています。
子供の頃から、健康が自慢で、スポーツは広く浅く何でもやりました。今でも時々少しづづやっています。学校の役員もやり、病気に負けたくなかったのです。
若い方や体に自信のある方は、もっと患者会に目を向けて一緒に運動して下さい。一度大塚の新事務局の方へ足を運んでみて下さい。もっと、患者会の内容を知って、有料にならない様にみんなで運動しましょうヨ。
一人一人がもっと頑張らないと本当に有料になってしまいます。今、会員数七千人いないのです。東京都だけで一万七千人の透析患者がいます。
会員を増やし、大きい力として自分の為にも切に一丸となり、頑張りましょう。
会に入ってない人は国で看てくれると思っているのでしょうか、元々は先輩たちが一生懸命、命をかけてここまで運動してくれたからなのです。
病院の弁当だって、運動したから無料で出来るのです。誰かが言ってました。他人のフンドシで相撲をとるな!と 自分の体に気をつけて、みんなで会を楽しく、しっかり頑張っていきましょう。
私が常任幹事をやらせてもらい、初めて大変なのがわかりました。だから皆さんも、もう少し患者会に目を向けて下さい。患者会あってのみんななのです。
東腎協 1999年1月25日 No.126
最終更新日時:2001年4月15日
確認:K.Atari